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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1191号 判決

控訴人(被告) 協和信用組合

右訴訟代理人弁護士 霧生昇

同 松村正康

被控訴人(原告) 中山恭子

右訴訟代理人弁護士 山下義則

同 萬谷亀吉

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文第一項ないし第三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「控訴人の控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、次に付加するほかは、原判決(ただし同三枚目表二行目から同裏八行目までの(四)の部分を除く。)の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

被控訴代理人は、

第一次的に、定期預金の返還を請求する。すなわち、被控訴人は昭和三九年九月三〇日高橋文司名義で控訴人に対し金四四〇万円の定期預金契約をなしたものである。仮にそうでないとしても、被控訴人は、昭和三九年七月初めころ同様高橋文司名義をもって控訴人に対し金二〇〇万円と金三〇〇万円の期間いずれも三ヵ月利率年七分二厘の定期預金をしたものである。仮に右請求が理由がないとしても、予備的に、民法七一五条に基づく損害賠償を請求する。すなわち、高橋文司は被控訴人から右定期預金の残金四四〇万円の払戻しの依頼を受けたことを奇貨として擅にこれを解約して払戻金を着服し、被控訴人に同額の損害を与えた。そして、高橋文司のこの行為は外観上控訴人の預金払戻の業務行為に関してなされたのであるから、控訴人は高橋文司の使用者として被控訴人の右損害の賠償をする義務がある。仮に被控訴人が控訴人に対し定期預金をするために高橋文司に交付した前記金二〇〇万円と金三〇〇万円の合計金五〇〇万円が、控訴人によって定期預金として受け入れられず、擅に高橋文司によって他に流用されたとしても、被控訴人の高橋文司に対する右金員の交付は外観上高橋文司の控訴人のための預金の受入れの業務の執行に際してなされたものであるから、右預金の受入れのなされなかったことにより被控訴人に対して現実に生じた金四四〇万円の損害に関しては、民法七一五条により、控訴人は使用者として被控訴人に対しこれを賠償すべき義務がある。

と陳述し、

控訴代理人は、被控訴人の右主張を争うと述べた。

被控訴代理人は、当審の被控訴本人尋問の結果を援用し、控訴代理人は、当審における証人所賀崇、静野幸の各証言を援用した。

理由

一、控訴人が中小企業等協同組合法に基づき設立された組合であって、訴外高橋文司が当時右組合の本店の預金課に属する職員で、組合員等からの預金または定期積金の受入れの職務に従事していたことは、当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、被控訴人が昭和三九年九月三〇日高橋文司名義で控訴人に対し金四四〇万円の定期預金をした、そうでないとしても同年七月初めころ高橋文司名義をもって控訴人に対し二口合計金五〇〇万円の定期預金をしたものであると主張するが、この点に関する成立に争いない甲第一号証は、後記のとおり、右事実認定の資料となしがたく、また原審の証人中山泰生の証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果は原審の証人高橋文司の証言、原審における証人富岡秀雄、稲垣豊雄の各証言、当審における所賀崇、静野幸の各証言に照らして措信できず、他には、被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人が控訴人に対し定期預金をしたことを理由に、これが払戻しを求める請求は、その他の点について判断するまでもなく理由のないことは明らかである。

三、そこで、被控訴人の主張する民法七一五条一項に基づく予備的請求について判断する。〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、被控訴人は東京都杉並区高円寺で喫茶店を経営していたところ、高橋文司は、被控訴人の夫中山泰生が大学生時代の先輩で控訴人組合に就職するについての身元保証人であることから被控訴人方に出入りし、被控訴人に対し預金をするよう勧誘したが、その際控訴人組合では職員のする定期預金については、一般のそれより高率の利息を支払う扱いをしていることを話したことから、被控訴人は高橋を通じ、右営業による売上金等の利殖を図るべく、昭和三八年三、四月ころから昭和三九年八月ころまでの間に高橋に金員を交付し、同人から高橋文司名義で控訴人組合に一口五万円から一〇〇万円くらいまでのいわゆる職員定期預金がなされるに至った。被控訴人は当初定期預金の名義を自分にしてくれるよう希望したが、高橋はそれでは一般なみの低い利息になると説明したところ、被控訴人は高橋文司名義の職員定期預金とすることを希望したので、同人の名義で右定期預金がなされたもので、高橋は被控訴人から交付された金員に対し、職員定期預金の利率に同人自身の出捐分を加えた満期までの日歩三銭の利息と同人が控訴人組合から受け取る預金報奨金とを合わせた金額を被控訴人に支払っていたものである。そして、昭和三九年八月ころにおいて高橋文司が被控訴人から右の預金のために預かった金員は、被控訴人に払戻しずみの分を除き金四〇〇万円前後に達していた。高橋文司はこのうち満期の到来した金三三〇万円を控訴人組合から返還を受け、これを被控訴人の了解なしに丸内商事に日歩二〇銭の高利で貸し付けたが、それがこげつき、回収不能になったため、被控訴人にその事情を説明したところ、被控訴人は控訴人に預金したものであるから、控訴人発行の定期預金証書を持ってくるようにと要求し、右の事情の説明を了解してくれなかったので、高橋は、やむをえず、昭和三九年一〇月中旬ころ控訴人組合、組合長氏名ゴム印、組合長印を盗用したうえ、右四〇〇万円の預り金に利息として四〇万円を加えた金四四〇万円を元金とし、期間三ヵ月、利息年七分二厘、起算日昭和三九年九月三〇日、満期日昭和三九年一二月三〇日、預金者高橋文司名義の特別扱いの定期預金証書(乙第一号証)を作成したうえ、被控訴人にこの定期預金証書を交付した。被控訴人は同年一二月二〇日ころ右証書記載の定期預金の返還を受けるべく控訴人組合に対し右証書を示して支払を請求したが、控訴人組合は被控訴人から金四四〇万円の定期預金を受け入れていないことを理由にこれが支払いに応ぜず、高橋偽造の右乙第一号証の定期預金証書を被控訴人から預り、その預り証(甲第一号証)を被控訴人に交付したこと、そして、右特別扱いの定期預金は控訴人組合の職員に限り、一定額の範囲内で特別に定められているもので、職員が顧客から預金のため預った金員につきその顧客のために職員名義で右の特別扱いの定期預金をすることは認められておらず、このことは、高橋文司も被控訴人に対し話し、被控訴人もこれを了承していた(少なくとも当然、知るべかりし状態にあった。)。以上のことを認めることができ、以上の認定に反する原審および当審における被控訴本人尋問の各結果の一部、原審の証人中山泰生の証言の一部は、いずれも借信できない。

以上認定の事実によれば、高橋文司が控訴人から金員を預った行為ないし預った金員を他に流用した行為は、その外形からみて、控訴人の事業の執行に関するもので、これにより被控訴人に対し損害を生ぜしめたかのように一見考えられるが、被控訴人は、右のような特別扱いの預金は職員以外にはできないことを知って、利殖のため高橋文司に対し金員を預けていたのであるから、高橋のした右行為は組合の業務の執行につきなされたものとはいえない。のみならず、被控訴人から預った金員を高橋文司が自己の名義をもって控訴人組合に職員定期預金として預金することは被用者たる同人の職務権限内において適法に行なわれるものではないのであり、被控訴人はこのことを知っていた(少なくとも重大な過失によりこれを知らなかった)のであるから、被控訴人は右定期預金預入につきなされた高橋文司の行為に基づき民法七一五条により高橋文司の使用者たる控訴人に対して、損害の賠償を求めることはできないものといわなければならない(最高裁判所昭和四二年一一月二日第一小法廷判決、民集二一巻九号二二七八頁参照)。そうすれば、被控訴人の控訴人に対する民法七一五条に基づく請求も理由がない。

よって、被控訴人の請求を棄却すべきであり、以上の判断と異なる原判決は不当であるから、これが取消しを免れない。そこで、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 鰍沢健三 鈴木重信)

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